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中国語教室を探そう!チャイ語なび> 莫高窟と砂漠の旅
敦煌:莫高窟と砂漠の旅(3)
3,周辺の遺跡群へ
次に敦煌周辺の遺跡群を訪ねることに、古くからシルクロードの重要拠点であった敦煌周辺には多くの歴史遺産があります。
玉門関
シルクロードの重要な関所であった「玉門関」の遺跡、旅人が通過する門が残っています。なかでは広場があり、おそらくこの中で関所を通る業務をおこなわれたと思われます。漢時代に築かれた万里長城の西の端に設置された関所です。何度か関所の場所も移されたのですが、古代三蔵法師が天竺(今のインド)へ向けて旅立ったときこの関所を通過したそうです。

▲ただの岩?のように見えますが関所跡、周りの長城は崩れてなくなってしまいました。

▲砂漠には蜃気楼が見えます。(少しわかりにくいですが空と地面の境界線あたり、中央から左側m遠くに平べったい山があり、その前にぼやっと池があるように感じますが池も山も蜃気楼です。)
陽関
玉門関の南に位置する「陽関」も関所の一つですが現在では近くの烽火台(のろしだい)のみが残っています。この「陽関」中国人はもちろん、歴史好きな日本人なら知っている有名な場所です。

この陽関は中国の詩人「王維」が詠んだ有名な誌の場所。
「元二の安西に使いするを送る」に詠われています。学生の頃(中学か高校)で習いましたね。
渭城朝雨潤軽塵 (渭城の朝雨 軽塵をうるおす)
客舎青青柳色新 (客舎 青青 柳色新たなり)
勸君更盡一杯酒 (君に勧む、更に尽くせ一杯の酒)
西出陽関無故人 (西のかた 陽関を出ずれば 故人無からん)
意訳:ここ渭城に降る朝雨が街の土ぼこりをすっかり沈め、宿舎の柳はますます青々く感じる、さぁもう一杯飲んでくれよ、陽関を出てしまえばもう友人はいないのだからなぁ。
「西のかた、陽関を出ずれば 故人無からん。」→ (陽関を出て西へ行ってしまえば、もう共に酒を飲み交わせる知り合いはいないのだから、)という文がこの地域が古代中国と西方の分岐点であったのだなぁ、と実感させてくれます。

▲陽関の物見台(最近の建造物です)中に上記で紹介した詩をはじめ、古代中国の西端であったこの場所では沢山の詩が読まれており、物見台の中で紹介されています。馬で周辺を散策することもできます。この辺は見渡す限りの灼熱の砂漠、と考えがちですが南には5000メートル級の祁連(きれん)山脈がそびえ、万年雪を見ることができます。
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